有名経営者にも失敗・挫折があった!カーネル・サンダース、ヘンリー・フォード、ウォルト・ディズニーの場合

有名経営者にも失敗・挫折があった!
カーネル・サンダース、ヘンリー・フォード、ウォルト・ディズニーの場合

多くの人が人生の中で挫折を何度も経験するように、一流企業に育て上げた有名経営者も華々しい成功物語の陰で、挫折を1度ならず何度も経験していることをご存知でしょうか。それらのエピソードから私たちは、貴重な教訓を学ぶことができます。

有名経営者の挫折エピソード例

1.ケンタッキー・フライド・チキン創業者 カーネル・サンダース

「ケンタッキー・フライド・チキン」の創業者であるカーネル・サンダースは、1930年にKFCの前身となる「サンダースカフェ」という小さなレストランを米ケンタッキー州に開きました。1955年にはフランチャイズビジネスに発展させ、その後5年足らずで200店舗をオープンし、7年目には600店舗を達成するという勢いで成長していきました。その時73歳、1980年に90歳で他界するまでに世界48カ国、6000店舗が加盟しました。その後も発展を続け、2012年には加盟店が18,000店舗となっています。日本には1970年に進出し、2013年3月末現在店舗数は1,180店です。

破竹の勢いで成長したようにみえますが、カーネル・サンダースは若い頃、何度も転職を繰り返し成功していません。しかし、このことが、挫折を全く苦にしないで、再び立ち上がる強さを彼に身に付けさせます。40歳過ぎて、彼はようやくプチ成功をします。ケンタッキー州のコービンにKFCの前身となる「サンダースカフェ」という小さなレストランをオープンしたのですが、この店が味で評判となったのです。素材へのこだわりとサービスの良さで、来客が列をなすような店になり、ついには、ケンタッキー州知事から「人々への貢献」を理由に、名誉称号「カーネル」を授与されました。

しかし、成功したこの店舗が火災に遭い挫折、その後、車のドライバー向けのレストランで、また小さな成功を収めますが、新しいハイウェイができたことで車の流れが変わり、結局その店舗も倒産してしまいます。

このとき65歳のカーネル・サンダースに残ったのは、今となっては有名な「ケンタッキー・フライド・チキン」のレシピのみであったと言われています。このレシピに自信のあったカーネル・サンダースは、自らそのレシピを直接使用して事業を行うのではなく、レシピの販売を決意し、ロイヤルティを得るための売り込みを開始しました。これは出店の資金がなくても利益が入ってくる方法で、一文無しになっていたからこそ思いついたアイデアとも言えます。オープンしていた店が倒産する前に、チキンのおいしさに感動した客から「作り方を教えてほしい」と言われていたのを思い出したのが、きっかけでした。

しかし、初めは売り込んでも全く相手にされず、1009回も交渉した相手に断られたといわれています。それでもあきらめずに売り込みを続けた結果、少しずつ取扱い店舗ができ、1羽につき5セントを受けるという画期的なFCビジネスに発展させました。そして、誰もが知る現在の成功につながっていったのです。

カーネル・サンダースの名言:
「失敗とは、再始動したり、新しいことを試したりするために与えられたチャンスだ。私はそう信じている」

カーネル・サンダースの凄いところは、失敗をマイナスと考えず前向きに捉え、そして、年齢をものともせずに事業に挑戦し続ける点です。また、自分や事業環境を周到に分析して、フランチャイズ方式を考案するなどの工夫を重ねている点もまた参考になります。

2.フォード・モーター創業者 ヘンリー・フォード

フォード・モーター・カンパニーの誕生は1903年。荷馬車店を改造したデトロイトの小さなオフィスにて11人でスタートした会社です。1924年に生産累計が1000万台に達したT型フォードや、自動車の大量生産方式の導入で世に知られるようになり、現在は全世界で37万人の従業員をかかえる大企業となっています。

一部の裕福な人しか購入できなかった自動車を誰もが購入できるようにした自動車王のヘンリー・フォードですが、彼もまた、数度の挫折を経験した後で、ようやく成功を勝ち取っています。

技術者としての才能があったヘンリー・フォードは、自宅の庭で自動車のプロトタイプの開発に取り組みますが、その第1号が完成したときにはサイズが大きすぎて納屋から出ないというウソのような失敗をしでかします。結局、納屋を壊して外に出しましたが、まだ自動車そのものの将来性を他の人に分かってもらえず、投資をしてくれる人もおらず資金面で苦労しています。その後、自動車レースで勝利を収めたことなどにより、やっと資本家の関心を引くことができ、フォード・モーターの設立に至っています。

また、その後さまざまなタイプの車を開発したものの、高級大型車のK型フォードは豪華すぎて販売不振になるという失敗もありました。しかし、その結果、大勢の人が求められる安い車を作るべきだという結論に達し、低価格を実現するために今では画期的といわれる生産方式を考えだし、T型フォードをつくり大衆に歓迎され需要が伸びたのです。

ヘンリー・フォードの名言:
「努力が効果をあらわすまでには時間がかかる。多くの人はそれまでに飽き、迷い、挫折する」
「結果がわかっていなくても前進することだ。やっている間に結果もでる」

ヘンリー・フォードから学ぶべきは、まだ自動車が高価で安価につくることができない時に、自動車が庶民に必要なものであると信じて、その理想の実現のために新たな生産方式までも考案したという強いこだわりと信念です。

3.ウォルト・ディズニー・カンパニー創業者 ウォルト・ディズニー

The Walt Disney Companyは米カルフォルニア州を本拠地とする企業。テーマパークやメディア・ネットワークの事業を展開しています。1923年にスタートし、現在全世界の従業員数が15万名という大規模なビジネスに発展しています。1959年には、現地日本法人を設立し、日本市場に本格参入しました。2000年に日本国内の複数の関連子会社を統合し、2002年にウォルト・ディズニー・ジャパン株式会社に社名を変更しています。

創業者のウォルト・ディズニーは世界中で子供に夢を売り、世界各地で大成功していますが、彼もまた、失業や起業しても数度の倒産を経験しています。

ウォルト・ディズニーは、勤めていた新聞社を「創造性に欠けるから」という理由で解雇されるという挫折を経験しています。さらに、その後立ち上げた会社を3回も倒産させているのです。また、ディズニーのテーマパークの建設も、当初は市から拒否されるなど苦難の道を歩んだ後にアートの才能などを元にようやく成功しています。ウォルト・ディズニーは、一度抱いた夢をあきらめずに追い続けたのです。

ウォルト・ディズニーの名言:
「夢を見ることができるなら、それは実現できる」

ウォルト・ディズニーから学ぶべきは、自分が夢として考えたことを実現するために行った失敗を失敗と思わないポジティブな考え方です。ウォルト・ディズニーは、失敗は成功のための過程と考え実現を目指していることです。

誰もが、夢は一度ならずとも数度は見ます。しかし、多くの人は、失敗・挫折すると、それ以上夢を見続けること、そしてそれを実現するための努力を途中であきらめてしまっているのではないでしょうか。ウォルト・ディズニーのように夢を見続けて努力を怠らないことが大切です。

まとめ

大成功を収めた有名経営者にも、知られていない多くの失敗と挫折を過去に経験しています。失敗・挫折した後に成功した経営者は、失敗・挫折にくじけずに何度も挑戦しています。成功した有名経営者は、強い精神力とともに金銭や名誉などの私利私欲を超えた強い信念・情熱・夢・目的を持っています。

しかし、多くの人は、1、2度失敗するだけでその屈辱から逃げたり、能力の限界を感じたりしてあきらめます。有名経営者でも経験する失敗・挫折のエピソードは、度重なる失敗・挫折にもくじけてはいけないことを教えてくれます。

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